放課後児童クラブは、誰のための場所なのか。

子どもたちの自由時間

 放課後児童クラブで働いていると、ときどき疑問に思うことがあります。

 例えば、おやつを食べ終わったあとの自由時間。子どもたちは友だちと遊んだり、好きなことをしたりして過ごします。けれど、遊ぶ前に帰り支度を済ませるというルールがある場合、子どもたちはまず鞄や持ち物を整理しなければなりません。お迎えが来たとき、すぐに帰れるようにするためです。

 もちろん、先に準備をしておけば帰宅はスムーズでしょう。忘れ物も防げるかもしれません。でも、わたしは考えてしまいます。

お迎えが来てから準備をするのでは、いけないのでしょうか。子どもが遊ぶ時間よりも、大人が待たずに済むことを優先する必要があるのでしょうか。

 帰り支度を先に済ませること自体が悪いとは思いません。ただ、それをすべての子どもに一律に求める必要があるのか、疑問に感じるのです。

ひとりの行動から、みんなのルールが生まれる

 集団生活では、何か問題が起きたときに新しいルールがつくられることがあります。

 仮に、20人の子どもがいる場所で、ひとりの子の行動をきっかけに、それまで認められていたことが全員に禁止されたとします。こうした対応には、再発を防ごうとする大人の意図があるのでしょう。

 ただ、ここで考えたいことがあります。新しいルールによって、それまでできていたことができなくなる子どもたちは、どう感じるでしょうか。

「あの子のせいで禁止になった」

 そんな不満が生まれる可能性もあります。本来、誰にでも失敗はあります。子どもだけではありません。大人だって間違えます。それなのに、ひとりの行動を理由に全員の自由を制限することが、いつも適切な対応なのでしょうか。

 そもそも、問題が起きたとき、必ず新しいルールをつくらなければならないのでしょうか。

ルールに従う子が「いいこ」なのか

 大人が決めたことを素直に守る子どもは、「いいこ」と評価されがちです。一方で、決まりに疑問を持つ子どもや、納得できないと声を上げる子どもは、ときに「困った子」と受け取られます。

 でも、わたしはそこにも疑問があります。大人にとって扱いやすい子どもが、「いいこ」なのでしょうか。大人の指示に従わないといけない場面もあると思います。子どもが危険にさらされた場合はなおさらです。普段の生活ではどうでしょうか。子どもが自分で考えて行動することを、制限してしまっていないでしょうか。「どうして?」と尋ねることも、「わたしはこうしたい」と伝えることも、自分で考えているからこその行動だとわたしは思うのです。

 けれど、子どもの意見を聞くことと、子どもの要求をすべて認めることは違います。子どもが疑問を口にしたとき、まずその理由を聞くことはできるはずです。そして一緒に考えることもできるはずです。

「決まりだから」ということばで、対話を終わらせてしまってはいないでしょうか。

こども基本法が掲げる6つの基本理念

ところで、こども基本法をご存じでしょうか。こども基本法は、すべてのこどもが将来にわたって幸福な生活を送ることのできる社会の実現を目指す法律です。

こども施策は、6つの基本理念をもとに行われます。

  1. すべてのこどもは大切にされ、基本的な人権が守られ、差別されないこと。

  2. すべてのこどもは、大事に育てられ、生活が守られ、愛され、保護される権利が守られ、平等に教育を受けられること。

  3. 年齢や発達の程度により、自分に直接関係することに意見を言えたり、社会のさまざまな活動に参加できること。

  4. すべてのこどもは年齢や発達の程度に応じて、意見が尊重され、こどもの今とこれからにとって最もよいことが優先して考えられること。

  5. 子育ては家庭を基本としながら、そのサポートが十分に行われ、家庭で育つことが難しいこどもも、家庭と同様の環境が確保されること。

  6. 家庭や子育てに夢を持ち、喜びを感じられる社会をつくること。

※出典:こども家庭庁「こども基本法」

わたしが特に注目したいのは、3つ目と4つ目の理念です。

子ども自身に関係することについて、意見を表明する機会が確保され、その意見が尊重されること。毎日を過ごす場所のルールは、まさに子ども自身に直接関係することではないでしょうか。これは、子どもの意見を聞くかどうかを、大人の気分や善意だけに委ねるものではないということです。

では、子どもたちが毎日を過ごす放課後児童クラブではどうでしょうか。新しいルールをつくるとき、子どもたちの意見を聞いているでしょうか。大人が決めたことを、ただ子どもたちに伝えるだけになってはいないでしょうか。

 また、こども家庭庁の放課後児童クラブの運営指針でも、子ども一人ひとりの人格を尊重することが示されています。

参考:こども家庭庁「放課後児童クラブに関する法令・通知等」

子どもたちと一緒に考える

わたしは、問題が起きたときこそ、子どもたちと話し合う機会をつくれたらいいと思います。

「今回はこんなことが起きました。誰にでも起こりうることです。大人だって失敗します。では、みんなが安心して過ごすために、どうしたらいいか一緒に考えましょう」

そんなふうに問いかけることはできないでしょうか。

大切なのは、誰かを責める場にしないことです。

特定の子どもがみんなから非難されることのないように配慮しながら、これからどうしたらいいかを考える。子どもたちの意見が分かれることもあるでしょう。話し合いだけでは解決しないこともあるかもしれません。

また、みんなの前で意見を言うことが苦手な子どももいるでしょう。話し合いに参加することだけを求めるのではなく、一人ひとりが自分に合った方法で意見を伝えられることも大切にしたいと思います。

それでも、大人が最初から答えを決めてしまうのではなく、子ども自身が考える機会を持つことには意味があると思います。そして、話し合いの結果、ルールをつくらないという選択肢があってもいいはずです。

声かけを工夫する。物の置き場所を変える。一人ひとりに合わせて対応する。

解決方法は、禁止することだけではありません。決めた方法がうまくいかなければ、またみんなで一緒に考えればいいのだと思います。

守ることと、自由を奪うこと

子どもは、大人による保護を必要とする存在です。だからこそ、わたしたち大人には、子どもの安全を守る責任があります。

けれど、保護する責任があるからといって、子どもの意思を軽んじてよいわけではありません。子どもと大人では、経験も責任も異なります。それでも、一人の人間として尊重されることに違いはないはずです。

支援員にも、限られた人数で多くの子どもを見守る難しさがあります。安全管理や保護者対応など、さまざまな責任を負っています。だから、現場の支援員だけに解決を求めることも適切ではないと思います。子どもの自由を尊重するために、大人が無理をし続けなければならないのであれば、働く環境そのものを考える必要もあるでしょう。

それでも、わたしたちは問い続けたい。

子どもを守ることと、子どもを大人の思いどおりに動かすことは、同じなのでしょうか。

子どもたちの場所を、子どもたちとつくる

放課後児童クラブは、子どもたちが生活する場所です。そこでの時間は、ただ大人の指示に従って過ごすためのものではありません。

子どもたちが自分で考え、意見を伝え、ほかの子どもたちと折り合いをつけながら、生活をつくっていく。

そんな経験ができる場所であってほしいと思います。大人が決めたルールを守ることだけが、成長ではないはずです。自分の意見を持つこと。相手の意見を聞くこと。失敗したときに考え直すこと。

その一つひとつも、大切な経験です。

わたしたちは、子どもたちに「自分で考えられる大人になってほしい」と願いながらも、自分で考える機会を奪ってはいないでしょうか。子どものための場所を、子ども抜きでつくっていないでしょうか。

わたし自身も、子どもと関わる一人の大人として、その問いを忘れずにいたいと思います。

 

この記事を書いた人: 舞
この記事を編集した人: CAFEあいあむ編集部
上部へスクロール